2013年10月14日

日本エスペラント大会

ハンガリーの人の講演を聞いた。
若い時は東ヨーロッパの公用語とも言えるロシア語を学んだとのこと。しかし、実用のためではなくレーニンについて学ぶためだったらしい。押し付けられた目的のために言語を学ぶのは楽しくない。ソ連兵が駐留しているのに話しかけるのは禁止されていたそうだ。英語を学ぶとスパイの嫌疑がかかる危険性があった。
1981年に外国旅行が解禁されたが持ち出せるのは60ドル。ウィーンに行く人が多かったそうだが、オーストリア・ハンガリー帝国という同じ国だった時代があるので目新しくないため違う国に行きたかったとのこと。しかしそれでは60ドルの制限は厳しい。友人にエスペラントを勧められた。エスペランティストのつてを使って安く旅行できると。シベリア鉄道を使うことにした。ソ連のルーブルに替えるのは制限かない。ナホトカからソ連の船を使って横浜へ。ホテルを利用しない人は1泊1ルーブルで船に泊まれたとのこと。無論停泊している間。そして目的地京都へ。京都のエスペラントグループが歓迎してくれた。実はシベリア鉄道による2週間の旅の最中に学習した。エスペラントグループにとってのメリットは外国人と練習ができることにある。だから無料で泊めたりする代わりにグループにしばらく付き合ってもらう。友人に勧められた時には信じていなかったが、使い物になって驚いたそうだ。
ソ連崩壊などで英語が解禁されて英語も学んだ。ハンガリーはオーストリア・ハンガリー帝国時代の名残でドイツ語も広まっている。その後各国を旅行するが、英語は余り通じなかった。ベトナムでは漢字を書いた方が通じた。チュニジアではフランス語の方が通じた。
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2013年10月12日

第100回日本エスペラント大会

今日から東京で第100回日本エスペラント大会が開かれるので参加している。
受付に学生時代から知る人がいて、退職したならいろいろ手伝えと言われた。
東京都と会場であるタワーホール船堀のある江戸川区の後援を得ており、開会式に東京都知事と江戸川区長の挨拶があった。どちらも日本語で、エスペラント訳が写し出された。知事は代読だったが、区長は本人で急遽覚えたエスペラントを最初と最後だけ、更にアドリブが入るのでエスペラント訳を写す人が困っている様子だった。
posted by birdo at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語